ZIPANG-4 TOKIO 2020 黄金の国ジパング『ケセン』(その1)

いま世界的に新型コロナパンデミックの真っ只中ですが、日本ではこれに追討ちをかけるように、7月初旬には異常気象による局地的な集中豪雨現象が各地に発生しております。気象庁はこれを称して、「令和2年集中豪雨」と命名しました。

特に熊本県南部、川辺川・球磨川流域を中心とした地区では急激な増水濁流で81名の方々が死亡、行方不明となられる一方、岐阜県下では広範囲に亘る崖崩れや土砂災害、幹線道路の崩落で交通網の遮断。飛騨川流域を中心とする地域では家屋の損壊、浸水等の被害がありました。

ここに謹んで被災された方々への御見舞と共に尊き命を犠牲にされた方々へ深く哀悼の意を捧げます。 残された私達はその戴いたメッセージを正しく新しい未来へと生かす事を誓い祈念するものであります。

編集局記
 


 黄金の国ジパング『ケセン』(その1) 


東北最大の砂金塊。重量は22.4グラムあります。

岩手県陸前高田市 冰上山(ひかみざん)防火、雨乞い、豊作、大漁を祈願する山


冰上山とは

冰上山は、北上山地の南東部に位置する標高874.7mの山です。山火事が起きてもこの山に火の手が近づくと火が鎮まったという故事が山名の由来といわれます。山頂部には西の御殿、中の御殿、東の御殿がまつられ、防火の神、雨乞いの山とされ、豊作と大漁を祈願する対象としても地元の人々の信心を集めてきました。


三陸ジオパークのジオサイトに指定

およそ4億5千万年前にできた氷上花こう岩という日本最古級の岩石からできており、地球の歴史が刻まれた重要な場所として三陸ジオパークのジオサイトに指定されています。代表的な登山口である玉山高原は藤原三代による平泉黄金文化を支えたとされる玉山金山跡が残されています。


黄金の国ケセン

気仙(けせん)は、伝統文化がいまも豊かに息づく土地です。
歴史的には「黄金の国ジパング」の名の元となった金の産出地としても知られ、 信仰、祭礼、踊り、建築物や美術工芸などを今に伝えています。

柳田國男が絶賛した地としても知られ、宮沢賢治の創作の源の一つでもありました。 現在は、大船渡市、陸前高田市、住田町の2市1町に分かれていますが、 文化財の宝庫として、今もケセンは「黄金の国」と呼ぶにふさわしいエリアです。


【気仙概論】黄金の国ケセンとは

Kesen the Land of Gold

平泉黄金文化を支えた金の産出地


藤原氏系図


概要

気仙郡の名前が登場するのは『日本後紀』巻十。そこに出てくる日付から、少なくとも弘仁元年(810年)以前には気仙郡という名称が使われていたことがわかります。東北は8世紀半ばから黄金の産地として知られていましたが、平重盛(平清盛の嫡男)が奥州を知行していた安元年間(1175〜77)のころ、荘園の気仙から金1,300両が進呈されたとあります。『源平盛衰記』には、重盛が中国(宋)の育王山に、気仙から出た黄金を献上していたという記述もあります。


ケセンこそ黄金の国ジパング?

玉山金山跡


平泉黄金文化を支えた金の産出地としては、本吉、東磐井、気仙、江刺、遠野が知られています。伊達藩時代の気仙四大金山は「玉山、雪沢、今出山、坂本沢」で苦しい藩財政を支えました。中でも玉山金山は金の産出量の多さから「玉千軒」「千人坑」などの言葉を生み、マルコ・ポーロによる『東方見聞録』に記されたジパング※とは金山を意味し、当地ケセンを指すものとの説もあります。

※ジパング=ZIPANGとは?あれっ!何処かで見かけたような…?)・・・JAPANの語源になったとか…当時、世界の認識では日本は黄金の国だったのですね~


金塊発見

明治23年(1890年)8月には、世田米村の菅野伊太郎が、気仙川筋の同村字大渡で約88グラムの大金塊を拾ったという記録が残っています。また、昭和51年(1976年)11月には、住田町世田米大渡橋で気仙川をまたぐ橋(現在の垣ノ袖橋)の工事現場から大砂金塊が発見されました。重量22.4グラム、長さ3.5センチ、幅1〜1.5センチ、厚さ0.5〜0.7センチの砂金塊で、東北最大。※ページトップの写真がその金塊です。


川砂金

River gold dust

気仙川での砂金採りは現在も体験可能

有住小学校6年生を対象に森林環境学習の一環として産金についての体験講座を実施。


川砂金とは

平泉の金色堂に代表される藤原文化を支えたのは、気仙地方の山々から産出する豊富な金であったとされます。いまも気仙川で砂金採りを体験することができます。

明治23年、住田町世田米の大渡橋下流の気仙川の川底で約88gの大金塊を拾った村人がいます。また昭和51年には22.4gの大砂金塊が発見されました。これは現存する日本の砂金塊の中で3番目の大きさです。

森林環境学習「森林とわたしたちのくらし~気仙川の川砂金~」

2010年から、有住小学校6年生を対象に森林環境学習の一環として産金についての体験講座を実施しています。事前学習で気仙や住田の産金の歴史等を学び、民俗資料館の産金資料展示室も見学した上で、実際に気仙川で砂金採りの体験をします。


郷土芸能

かせどりかっこ

Kasedori(Kasedorikakko)

福の神が家々をめぐる小正月の行事

気仙は郷土芸能が盛んな地域でもあります。獅子踊りや剣舞、虎舞、権現舞、七福神、神楽、田植え踊り、太鼓など実に多彩です。一説には「1つの行政区に、必ず何かしらの郷土芸能が伝わっている」とも言われます。


かせどりかっことは

概要

かせどりは、火伏せや厄除けなどを祈願して、全国各地で展開されている伝統行事です。住田町上有住の恵山[けいざん]地区では小正月の行事として伝わり、地元の小学生が福の神に扮し、各家を訪ねては大黒舞を披露します。福の神たちが各戸を訪問しては、餅や祝儀などをもらい集める様子から「稼ぎとり」としたのが語源と言われています。

由来

恵山地域では、昔から地元の青年たちが小正月の夜に集まって行っていましたが、昭和50年代から、子供会と育成会を中心とした冬休みの活動として定着し、日中に行う現在の形となりました。


福の神たちが各戸を訪問

赤い帽子とちゃんちゃんこ姿の福の神に扮した小学生たちが、「かせどりかっこ、福の神が舞い込んだ。くださる物なら何でもいい」と声をそろえて口上を述べ、扇子を手に大黒舞を舞います。


五葉山

Mt. Goyouzan

気仙地域の信仰習俗の中心


五葉山とは

霊峰・五葉山(1.351m)は、住田町・大船渡市・釜石市にまたがる三陸沿岸の最高峰で、住田の信仰の中心として知られます。山頂付近には山宮として五葉山神社(五葉権現)が、山麓にはいくつもの里宮が、五葉山の麓を囲む形に祀られています。

里宮には、住田町上有住の五葉山神社(八幡神社に合祀)、大船渡市立根町萱中の五葉山神社、日頃市町関谷の五葉山神社(五葉山日枝神社)、日頃市町鷹生の五葉山宇賀神社、盛町本町五葉山神社他二社、釜石市甲子町大松に五葉山神社があります。


由来

元禄11年(1698)に記された『気仙郡古記之写』によると、上有住にある五葉山神社の山宮・五葉権現は、山頂近くの八分目に山宮があったことや、当時五葉山は五葉嶽(ごようだけ)と呼ばれていたこと、大同年中(806~810年)に征夷大将軍・坂上田村麻呂が山宮を建てたという言い伝えが記されています。


滋賀県甲賀市土山町にある田村神社
田村神社は 征夷大将軍・坂上田村麻呂公を主祭神として、 嵯峨天皇並びに倭姫命(やまとひめのみこと)をお祭りしています。


鉄砲火縄の生産地 五葉山

五葉山火縄銃鉄砲隊

霊峰・五葉山は藩政時代、仙台藩直轄の「御用山」として手厚い保護下にあり、この山から産出される桧の皮は当時の鉄砲にはなくてはならない火縄の原料となっていました。

五葉山は、宝暦11年(1761年)に著された『気仙風土草』に「桧山」と記されているのは、山に桧が多かったためとされます。また、桧の木羽(こば)が大量に生産され、遥か仙台まで船で運ばれていたことが分かります。

火縄銃で勝敗が決したとまで言われている関ケ原合戦の様子(再現)関ケ原まつり

伊達政宗公 鎧兜


江戸時代、この地域は国内最大の鉄砲火縄の生産地であり、当時藩に献上された火縄は、年間1万4千尋(1ひろ=1.5m)にも達し、この献上が100年間も続けられていたようです。徳川三代を震撼させた巨大鉄砲藩仙台藩祖・伊達政宗の国力を誇示した一万丁の火縄銃を支えたのがこの桧山だったと東海新報社刊行の『気仙辺辺四季』(「火縄の里」)には記述されています。


見どころ

弁慶の足跡

Benkei no Ashiato(A Footprint of Benkei)

五葉川に残る伝説の「義経北行ルート」の見どころ


弁慶の足跡とは

源義経伝説では、義経は平泉を脱出して北方に逃れ、その時に義経主従が辿った道のりが「義経北行ルート」と呼ばれています。中でも、種山の姥石峠から赤羽峠までの気仙路はとりわけ苦難を極めたとされています。

源義経像 天台宗別格本山 毛越寺 高館義経堂 蔵


「弁慶の足跡」は、五葉川を渡ろうとした弁慶がつけたものと伝えられています。場所は上有住の葉山めがね橋付近で、「弁慶の足跡」は川岸の岩場に残り、つま先からかかとまで約1.5mの足跡の形をしています。この時義経が手をかけた松を「判官手掛けの松」といい、同じく橋のたもとに残っています。


海上渡御

Kaijou Togyo

大漁旗で飾った船団が湾内を勇壮に巡行


海上渡御とは

海上渡御(かいじょうとぎょ)は、4年に一度の式年大祭にあわせて、大漁旗で飾った船団が大船渡湾内を巡行する催しです。大船渡町の加茂神社、八坂神社、月山神社の3つの神輿が渡御します。


大船渡湾内を巡行

船団は、水先案内人を乗せた指揮船、お先船、神輿が乗ったお召し船、警護に当たるお供船と行列船からなり、大船渡湾内を左回りに一周し、海上を勇壮に巡行し、大漁と海上安全を願います。


「海上渡御」関連情報は下記のリンク記事をご覧ください。


ZIPANG-3 TOKIO 2020「『明和町』大淀祇園祭~山車と花火の競演~7月20日(土)開催!」

https://tokyo2020-3.themedia.jp/posts/6362347/


ZIPANG TOKIO 2020「『名舟大祭』天下一の越後の龍でさえ恐れを為した、地元に生まれたものにしか伝承されない御陣乗太鼓が鳴り響く!」

https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/2702459


ZIPANG TOKIO 2020「すべての始まりの地 『鹿島神宮』紀元前660年の創建(前編)」

https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/2468656/


ZIPANG TOKIO 2020「鹿島神宮 『御船祭』12年に一度の午年に 水上の一大祭典 斎行(後編)」

https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/2475332



続く・・・



鎹八咫烏 記
伊勢「斎宮」明和町観光大使
石川県 いしかわ観光特使



協力(順不同・敬称略)

気仙伝統文化活性化委員会
東海新報社
〒022-0002 岩手県大船渡市大船渡町鷹頭9−1 電話: 0192-27-1000

公益財団法人 岩手県観光協会
〒020-0045 盛岡市盛岡駅西通二丁目9番1号(マリオス3F)電話:019-651-0626

一般社団法人 関ケ原観光協会
〒503-1501 岐阜県不破郡関ケ原町大字関ケ原1167−1電話: 0584-43-1600

公益社団法人びわこビジターズビューロー
〒520-0806滋賀県大津市打出浜2-1「コラボしが21」6階 電話 077-511-1530

徳川美術館 〒461-0023 愛知県名古屋市東区徳川町1017 電話: 052-935-6262

天台宗別格本山 毛越寺
〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉字大沢58 TEL:0191-46-2331

文化庁 〒100-8959 東京都千代田区霞が関3丁目2番2号 電話番号(代表)03(5253)4111 




※画像並びに図表等は著作権の問題から、ダウンロード等は必ず許可を必要と致します。  


ZIPANG-4 TOKIO 2020

2020年東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。この機会に、世界の人々にあまり知られていない日本の精神文化と国土の美しさについて再発見へのお手伝いができればと思います。 風土、四季折々の自然、衣食住文化の美、神社仏閣、祭礼、伝統芸能、風習、匠の技の美、世界遺産、日本遺産、国宝等サイトを通じて平和な国、不思議な国、ZIPANG 日本への関心がより深かまるならば、私が密かに望むところです。

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