滋賀県 比叡山から日本一の湖~琵琶湖を望む~
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いま世界的に新型コロナパンデミックの真っ只中ですが、日本ではこれに追討ちをかけるように、7月初旬には異常気象による局地的な集中豪雨現象が各地に発生しております。気象庁はこれを称して、「令和2年集中豪雨」と命名しました。
特に熊本県南部、川辺川・球磨川流域を中心とした地区では急激な増水濁流で81名の方々が死亡、行方不明となられる一方、岐阜県下では広範囲に亘る崖崩れや土砂災害、幹線道路の崩落で交通網の遮断。飛騨川流域を中心とする地域では家屋の損壊、浸水等の被害がありました。
ここに謹んで被災された方々への御見舞と共に尊き命を犠牲にされた方々へ深く哀悼の意を捧げます。
残された私達はその戴いたメッセージを正しく新しい未来へと生かす事を誓い祈念するものであります。
編集局記
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様々な信仰形態
前回、富山県立山でもともと姥神が信仰されており、それが奪衣婆となったのではないかと述べさせてもらいました。ですが、地獄信仰の全国的な広がりに伴って“奪衣婆”も伝えられ、これにより、奪衣婆が姥神よりも認知度が高くなってしまい、姥神自体も奪衣婆と紹介されてしまうことが多くなったのではないかと思っています。
この奪衣婆とされてしまった姥神と同じように、姥神が奪衣婆以外として認知されていると思われるものが様々ありますので、そちらを少しご紹介したいと思います。
滋賀県月心寺
琵琶湖や天台宗の本山となる比叡山延暦寺で有名な滋賀県。その県庁所在地、大津市に臨済宗瑞米山月心寺があります。
月心寺の庭園 夢のまた夢・・・
月心寺の庭園にある百歳堂
この月心寺、東海道の走井茶屋の跡で、今も走井の名水が湧き出ています。日本画家の橋本関雪が別荘として購入し、その後寺院となりました。現在、予約制ですが、美しい庭園を眺めながら精進料理を味わうことができます。
この月心寺に百歳堂があり、このなかに小町百歳像が祀られています。小町百歳像は、六歌仙の一人で絶世の美女だった小野小町が老いた姿の像です。美しかった小町も醜く老いてしまうという、世の儚さを伝えるために製作されたものです。
月心寺の小野小町百歳像
しかしながらこの像の姿を見ると、手には筆を持っているものの、口を大きく開け、片膝を立て、胸にはあばらが浮き出て、垂れた乳をあらわにするという、姥神特有のものとなっています。
京都 随心院の小野小町歌碑
月心寺以外の小町百歳像
随心院の小町堂
京都に小野小町ゆかりの寺、随心院に小町百歳像があります。
片膝を立てた姿でやや姥神像の特徴的な姿はしていますが、見た目は新しく、顔の表情も穏やかであり、胸もはだけていないことなどから、こちらは姥神ではなく、もともと小町百歳像として作成されたのだと思われます。
随心院にある補陀落寺の小野小町百歳像の写真
また、私は未見ですが、同じく京都の補陀落寺に有名な小町百歳像があるようです。随心院に飾ってあった写真で見ると、物静かな表情で杖を持ち、あばらは見えるものの乳房は出さず、立ち膝でもないため、姥神の様相をしているとは言えません。
これらのことから、小町百歳像は必ずしも姥神の姿をしているとは限らないようです。 謡曲にも、老いた小町が過去の栄光を語る「卒塔婆小町」という演目があります。これも生の儚さをテーマにした作品です。
中野純氏はその著書、「庶民に愛された地獄信仰の謎」のなかで、「卒塔婆小町」などの影響もあり、老小町と奪衣婆が重ね合わされるようになったと述べています。
月心寺の像も、もともとは姥神として祀られていたものが小町百歳の姿と重ね合わせられた可能性が高いかと考えられます。
参考文献
「庶民に愛された地獄信仰の謎」、講談社、二〇一〇年
続く・・・
寄稿文
廣谷知行(ひろたに ともゆき)
姥神信仰研究家
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